2014年3月29日土曜日

団地の桜まつり


現在、父の世話のすべてを
弟がやってくれているわけで
本当にありがたい。
父が住み慣れたところでいられて
自分が息子だということさえわかってくれていれば
ここに住むべきだと言ってくれている。

今日は弟が1日不在なため
私が実家に行くことになった。

暖かくいい陽気。
桜は2分咲きだけど
団地では桜祭りのようで
着くとちょうちんを飾っているところだった。



なんだかワクワクする。
でもで歩くのも苦手で認知症の父には
全く関係ないだろう。

家に着くと
まどからはすてきな眺めがあった。
さくらとモクレン
「きれいに咲いてるよー。いい眺めだよー。」
と言ってみたが
やはり全くかんけいないようで
下に止めているはずの
弟のバイクがなくなっていることだけチェックして
「バイクでどこかにでかけたのかな?」
と何度も聞いてくる。
そのくせ
朝テーブルに置いてあった弟の置き手紙は
サッサとゴミ箱に捨てている。


しばらくぶりに父とアルバムを見る

父は一生懸命見ようとするのだけど
残念なことに
ほとんど覚えていなかった。
時々以前の家や自分のことがわかったようだけど
たいがいは忘れてしまっていて
古い写真だということを感心ていた。

ただ、興味があったことは確かだ
長い時間何冊も一生懸命眺めていた。 
だいぶ疲れたようで
その後、疲れた疲れたと言って寝てしまった。

何かいい刺激になっていると思う。
以前のように母のことを聞いてくることはなかった。


午後から私は桜祭りを見に行った。
桜も大して咲いていないが
何気なく人が集まっていた。

過疎化した公団住宅だと思っていたけど
古くて安いということで若い家族も増えているらしい。
若い人がいるだけで少しうれしかった。


坂の多い団地の道を野球少年の自転車の列が登っていく。

糖尿病でもある父に夕食前に注射をして
一緒に食事をして
薬を飲むまで見ているわけだけど
食事のスピードが遅くなった。

夕食にお祭りで買った焼き鳥を食べた。
大好きなお酒も今は全く欲しいとは言わない。

子供の頃、父と出かけると
人ごみの中で、父の大きな手を探していたことが
一番覚えていること。
今もあの手はそのままだけど
張りがなくなりしわが多くなった。

今「つらい」が父の口癖。
80を越えた時に
生きているのがつらいと言ったことがあったので
最初のうちはちょっと気になった。
今は、特に意味もなく言っているようだが。

先日
父は「つらい」と言おうとして
「くらい」と言い間違えて2人で笑ったっけ。










0 件のコメント:

コメントを投稿